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社長ブログ2019/01/11

平成31年1月11日 第35号

平成31年1月11日 第35号

 お取引先の皆様、関係各位様、新年明けましておめでとう御座います。
平成最後となる新年を迎え、お正月気分もそこそこに何時もの現場に戻り、慌ただしくお過ごしの事と思います。本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

 私が花き業界で経験をした平成の30年間を振り返り、今後の参考になればと思い、記憶を思い出しながらその歴史を書き記してみたいと思います。

☆昭和64年(1989年)1月7日

早朝、昭和天皇が崩御された事が報道されました。丁度、地元消防団の「出初式」参加の為、準備をしている最中でした。本日の「出初式は中止になりました」…と事務局より連絡があり、消防団員は跡片付けをして解散となりました。翌日の8日より「平成」が始まり、今日に至っております。

昭和50年代後半から、平成10年頃迄の約15年間は、振り返ってみれば「花き業界の全盛期」でした。その要因を分析してみると意外と国の「農業施策(行政)」とリンクしている事が見えてきます。

①昭和45年(1970年)から始まった「米の減反政策」です。戦後の食糧難は深刻を極め、これを克服する為の「コメの                増産政策」が施されました。しかし生産技術の向上や食事の欧風化により、「米余り現象」が始まった為に、「米生産」を   減らさざるを得ない状況になってしまい、仕方なく「転作作物」としてコメの替りに「花き生産」にシフトされた農家が多く  見受けられました。

特に関東近県農家では「鉢物生産」が増え、12月になるとシクラメンやハボタンの「持込み生産者」の方々が多くなり、市場内がいっぱいになる事も多々あり、それは壮観でした。

②平成3年(1991年)

ガットウルガァイラウンド交渉により「牛肉とオレンジ」が、自由化されました。勿論、関税が掛りますので、それ程の輸入量にはなりませんですが。

一番打撃のあったのは「柑橘農家」ではないかと思います。今では当たり前に並んでいる「カリフォルニアオレンジ」等の輸入柑橘類は、当時はまだ珍しく良く食べた記憶があります。

輸入柑橘類に押され、ミカン農家はかなりのダメージを受けたと思います。

「和歌山・高知・香川・福岡・宮崎県等」の農家は代替え作物として、「カスミソウやスウィートピー」の切花生産にシフトされておりました。

今振り返れば、日本の農業政策の変遷により、幸か不幸か?「花き業界は全盛時代」を迎えていたのではないかと思います。全国市場取扱額は毎年300~400億円の増加をしていました。(今は真逆ですよね!!)この勢いは止まらず、平成10年(1998年)には、5,674億円の取扱額を達成しました。

③平成3年(1991年)~5年(1993年) 

この時期に遭遇した「バブル崩壊」に、花き業界は余り影響がなかったのか?取扱額は順調に推移していましたが、何故なのか?詳しい理由は判りませんが、バブル経済時代に土地を担保に行われた融資は、地価下落によって、担保価値が融資額を下回る担保割れの状態に陥った事が原因と思われます。

要するに、一般庶民にとっては関係のない世界での出来事ですから、影響がなかったのかな?と思います。皆さまはどう考えられますか?

④平成11年(1999年)

右肩上がりで伸びてきた「取扱額」も僅かづつですが、毎年下がり続けてきました。(と言っても前年比300億円減です)

この要因としては下記の様に考えています。

各地で米や柑橘類の代替え作物として「花き生産」にシフトをされましたが、いよいよ「需給バランス」が崩れてきたのかな?と思います。昭和63年(1998年)「東京都中央卸売市場北足立市場花き部」開場に始まり、都内各所に「大田市場・板橋市場・葛西市場・世田谷市場花き部」と開場され、相当量の需要を見込んでいた東京都の思惑と生産者の方々の想いが、いよいよピークに達し需給バランスが崩れたと言う事ではないかと思います。

⑤平成20年(2008年)9月15日

リーマンブラザースが経営破綻した事に端を発して、連鎖的に世界規模の金融危機が発生しました。

日本は長引く不景気から、サブプライムローン関連債権などにはあまり手を出していなかった為に、直接的な影響は軽微でありました。しかし、リーマンショックを境に世界的な冷え込みから消費の落ち込み、金融不安等が発生しましたが、直接的な影響は当初は軽微でありました。しかし、リーマン・ショックを境に世界的な経済の冷え込みから消費の落ち込み、金融不安で結果的に日本経済の大幅な景気後退へも繋がっていきました。

巨額の不良債権を抱えた銀行など、自己資本率を確保する為に、「貸し渋りや貸剥がし」を積極的に行い、これによって資金繰りの悪化による企業の連鎖倒産も相次ぎ、大きな社会問題となりました。

弊社も、メインバンクより多大の融資を受けて平成13年9月青梅市場へと移り、業務を始めましたが、当初計画通りの売上・利益を確保できず、融資先銀行に悲惨な決算書を見せなければならない状況でもありました。今から思えば“良く持ちこたえたな”と思います。社員の皆さんが苦しい状況を察知して、一致団結して業務に邁進してくれたお蔭と感謝しております。

⑥平成の30年間にはいくつもの災害が発生し、多くの犠牲者の方が出ています。

平成3年(1991年)6月3日長崎県雲仙普賢岳の噴火。島原花き生産組合の方々が被災されました。前組合長松崎さんは3年間体育館で生活をされたそうです。

平成7年(1995年)1月17日阪神淡路大震災。

戦後2番目に死者数が多い災害でした。

平成21年(2009年)10月8日台風18号愛知県知多・渥美半島を直撃

伊勢湾台風とほぼ同じコースをたどった大型台風18号は、渥美半島の温室・ビニールハウスを根こそぎ倒して、中部だけでなく、関東・東北までの広い範囲に莫大な被害をもたらしました。施設への被害が大きく、暫く菊の出荷が滞り高値での取引が続いた事を覚えています。

平成23年(2011年)3月11日東北地方太平洋沖地震。

東北地方を震源とする国内観測史上最大級の巨大地震M9.0「東日本大震災」が発生しました。平成30年(2018年)9月10日現在、震災による死者。行方不明者は1万8,432人、建物の全壊・半壊は40万2,704戸が確認されています。

平成25年(2013年)10月11日台風26号により伊豆大島で記録的な大雨による土石流が発生。集落を飲み込み死者行方不明者は39名。

ブバルジャアの生産者であった五味さんが土石流に流され亡くなりました。

平成26年(2014年)2月7日~9日関東地方豪雪・雪害。

関東周辺などで起こった記録的な降雪や雪害により、多くの温室・ビニールハウス等が倒壊。関東平野で数10㎝、内陸部では1mを超す積雪に。観測史上数十年ぶりの記録を更新する積雪となる。(昭和43年以来の大雪)

平成28年(2016年)4月14日熊本と大分で発生した地震。最大震度6強の揺れに見舞われた南阿蘇村などでは崖崩れ等により被害拡大を招いた。

熊本城はこの震災で被災し、被害額は600億円を超えると言われています。

これに伴い熊本市は熊本城の復旧・復元の為の寄付を募る「熊本城復元資金」制度を震災の年の11月から始め、寄付金は20億円を超えたそうです。

平成30年(2018年)2月6日福井県で記録的な大雪

記録的な大雪に見舞われている福井県は自衛隊に災害派遣を要請。県内の国道8号で車約1.000台が立ち往生。一部区間が通行止めになっている。6日午後1時現在、福井市では134㎝の積雪となっていて「昭和56年豪雪」以来の大雪となっている。

以上 30年間で思い出せる大きな震災や災害だけでもこれだけあります。まだまだ大小含めれば全国各地に多くの被害をもたらした災害があったと思います。

このような震災や災害にもめげず、日本全国で「花」が売れる状況にあると言う事は、大変幸せな境遇にあると思います。そして「戦争や紛争の無い国に生まれて良かった」と思える様な海外からのニュースが連日テレビで放映されていますが、如何に“日本が安全で安心して暮らせる国”なのか。

新年を迎えるに当たり、花き業界の益々の発展・隆盛をお祈り申し上げます。

平成最後!天皇陛下の御言葉、新年一般参賀〔2019.1.02〕

新年おめでとう 晴れ渡った空のもと、皆と共に新年を祈る事を、誠に嬉しく思います。

本年が少しでも多くの人々にとり、良い年となるよう願っています。

年頭に当り、我が国と世界の人びとの安寧と幸せを祈ります。

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